いつやってくるかも知れぬ機会のために日々、英語を鍛錬する

 さて、このブログでも何回か取り上げたことのあるNHK朝の連続テレビ小説「カムカムエブリバディ」が佳境を迎えています。番組をご覧になっていない方のために簡単にストーリーをお話ししますと、3人の女性、すなわち初代ヒロインの安子とその娘るい、さらにその娘のひなたの親子3世代の女性を主人公に据えて、NHKラジオ講座で英語を学び、3人3様の恋愛と親子の絆をその3人の生きた世相を映しながら展開するドラマとなっています。
 今日の番組では、3人目の主人公となるひなたの父親錠一郎(じょういちろう)が数十年のブランクを乗り越えて再び音楽活動を再開する、と妻るいと子どもたちに宣言しました。錠一郎はるいと結婚する前は関西一のトランペッターでした。レコードデビュー直前になって謎の病気にかかり、音楽さらにはるいとの結婚をも諦めようとした過去がありました。
 トランペットではなくピアノで挑戦する。そのことを昔からの親友でかつライバルであったトミー北沢は「管楽器をやっているやつは鍵盤も嗜(たしな)んでいるから大丈夫や。あとは練習次第だ」と太鼓判を押し、一流のピアノ講師を錠一郎につけると約束します。この言葉にるいは感激して大粒の涙を流しました。私はここで涙腺崩壊、朝から涙をポロポロと流し、一度は海で入水自殺まで図ろうとした錠一郎を助けたるいの気持ちを想像しただけで胸いっぱいとなりました。
 一方、ひなたは岡山にあるるいの実家に行った際、敗戦直後に放送されていたラジ英語講座「カムカム英語」のテキストが実家に残されているのを発見。そのテキストには祖母の安子とるいの名前がローマ字で記されており、中の英文にはカタカナで読み方が書かれていました。自分の祖母と母がそんな昔から英語を勉強していたのかと感じ入ったひなたは、京都の自宅に戻ってからというもの朝早く起きてラジオ講座を一生懸命聞いて勉強するようになりました。
 これが今日まで展開した物語です。この物語で私が一番強く感じているのは、一度は人生に挫折しても、何かのきっかけでもう一度立ち上がれるチャンスが訪れることがある、ということです。丁度そのことをいわんがためでしょうか、京都太秦(きょうとうずまさ)の時代劇撮影所で、切られ役のベテラン俳優、伴虚無蔵(ばんきょむぞう)がしばしばひなたに向かってこう言います。
「いつやってくるかも知れぬ機会のために日々、鍛錬せよ」。
 今日のドラマでは、ひなたが職場でもラジオ講座のテキストを広げ、英文を暗誦しているときにこのセリフを虚無蔵は口にします。
 このセリフの真意を私なりに解釈すると、「いつやってくるかも知れぬ機会のために日々、英語の勉強に励め」ということです。
 私は度々記していますが、37歳のときに当時勤めていた出版社の直属の上司と対立してうつ病を発症し、それを理由に解雇された過去があります。それからというもの人生下り坂でしたが、47歳のときに1年余り入院生活を送ったことで、それまでの人生をしっかりと受け止めることができました。そして「もう1度大学で学び直して、新しい人生を切り開こう」と決意しました。
 今は目標があるから、人生が楽しいです。確かに豊かではありませんが、「今日のボロ、明日の錦(にしき)」ということわざがある通り、今はみすぼらしい格好をしていますが、努力を怠らなければ苦労が実って、そのうち美しい服を身につけるほど成功する、と信じています。
 そのためには日々、鍛錬する。毎日英語を勉強する。とはいえ私も普通の人間です。たまには自分を見失いそうな時があり、英語どころではありません。しかし、そういう時こそ「なぜ自分は英語を勉強するのか」を改めて自分に問いかけるよう努めています。自分の目標は何かを考えるようにしています。
 英語に限らず語学の学習は、「目標設定」と「モチベーションの保ち方次第」で成功するかしないかが決まると考えます。
 モチベショーンを保つための一つの方策として、TOEICなどの試験を積極的に受験して、常に学習意欲を刺激することは大切だなと個人的には思います。
 人生100年時代といいます。50代とはその折り返し地点を迎えた年代です。残りの道のりをただ漫然と歩くのか、刺激があって実り豊かなものにするかは、その人次第です。私は、自分が死ぬ瞬間までドキドキワクワクする人生を選ぶために英語を学び続けたいと決意しています。
〜本日の元気の出る英語〜
The successful man will profit from his mistakes and try again in a different way. 
 成功する者は失敗から学び、再び違う方法を試みる。
             Dale Carnegie
             デール・カーネギー(著述家)