私はなぜ50代に入って英語の勉強を始めたか

(注:この原稿は2021年3月8日に投稿したものを再掲したものです)

 初めまして。
 私、モリタと申します。現在、54歳。フリーランスのエディター(編集者)をやっております。
 ブログをやるのは10数年ぶりになります。その頃は、某ポータルサイトが無料で提供していたブログサービスで日々の雑感を綴っておりました。
 とはいえ、ブログをやっている、あるいはやっていた方ならご経験があるかと思いますが、毎日更新するのは案外大変で、気が付いたらパッタリと更新をやめ、そのままとなりました。
 前置きはここまでといたしまして、私が新たにブログを開設した理由と動機を簡単に述べさせていただきます。
 それは、50代に突入した時から始めた英語学習の悪戦苦闘ぶりを、残していきたいと思い立ったからです。
 なぜ英語か?
 それは、48歳の時、ある持病を悪化させてしまい、391日の入院生活を送ったことがきっかけでした。それまでは四十路も後半というにもかかわらず、酒に溺れる荒れた生活を送っていました。そういう私に神様は天罰を下したのでしょう、ある日猛烈な胃痛に襲われ、緊急入院。前述した通り、退院まで391日かかりました。
 入院生活をしたことがある方ならご理解いただけると思いますが、夜、消灯時間(21時前後)が過ぎると病棟はナースステーション(詰所とも)以外は真っ暗になります。
ベッドに備え付けのテレビも消して、枕もとのライトもスイッチオフしなければなりません。
 そうなると、必然的に眠るしかないのですが、21時に眠りにつくというのは普段からそういう習慣がある人しかできないものです。ベッドに横になって暗い天井を眺めると、これまでの人生をあれこれと考え巡らし、いやでも反省してしまうものだと思うのです。少なくとも私はそうでした。
 391日間の入院生活で考えたのは、「退院したら勉強しよう」ということでした。ただ、何を勉強するかは決めておらず、大学で専攻した法律を学び直そうか、得意だった英語あるいはそれ以外の外国語を学習しようかと漠然と考えるようになりました。
 病院を退院して久しぶりに会った高校と大学も同じ学校に通った友人に「人生をやり直すつもりで大学院にでも進んだらどうか。新しい何かを見つけられるかもよ」と勧められました。
 その言葉にハッとした私は、「よし、一つ頑張って大学院に進もう!」と一念発起しました。第一志望は母校のW大学。しかしながら、W大学は私立なため学費が高い上に、受験に際して研究計画書以外に英語力を示す成績表(TOEICTOEFL、IELTSのいづれか)を提出する必要がある。また、上京して仕事をしながらとなると学問と経済面の両立も大変だとの思いに至り断念。地元福岡の国立K大学を受けることにしました。
 K大学の大学院は研究計画書の他、出身大学の卒業証明書、成績証明書を提出するのみでよく、英語の試験を課したりTOEIC等の成績表を要求されることはありませんでした。
 第一次試験となる書類審査はパスしたのですが、肝心の二次試験(口頭試問)で「専門書はちゃんと読みましたか?あなたの研究計画書にはその痕跡が見当たりません」と厳しく問い質され、あっけなく不合格。この時は悔しかったです。とはいえ、準備が足りなかったために、しっかりとした研究計画書が書けていなかったのは事実。わが身を恥じました。
 しかしながら、たった一回のチャレンジで諦めるのはやはり悔しい。私は、ここで母校W大学の大学院にいくことを決意。51歳の誕生日のことでした。
 W大学は前述の通り、英語力の成績表が求められます。そこで、早速、一番受験料の安いTOEIC(当時5,000円台後半)を受験しました(ちなみに、TOEFLは235ドル=約25,000、IELTSは25,380円)。
 すると、485点という有様。大学生だった四半世紀前に受験した時は730点前後だったので、何もやらないとここまで落ちるのかと大いに反省しました。
 ここからが私の50代からの英語学習奮闘記が始まるわけです。
 本日は、ブログ初投稿ということもあり、ここまでといたします。

 To be continued